ネットが変える患者と研究者:日本の筋強直性ジストロフィー患者の研究

2016年8月、オックスフォード大学と大阪大学大学院は、「デジタルツールを利用した医学研究への参加や関与:日本の筋強直性ジストロフィー患者の意見*」という論文をBMC Medical Ethicsにて発表しました。
この研究は、患者と研究者とのネットでのつながりに関する意識調査を行うため、2015年1月12日に開催された市民公開講座「知っておきたい筋強直性ジストロフィー」で行われた「患者登録のインターネット化に関するアンケート」を解析、考察したものです。
*Using digital technologies to engage with medical research: views of myotonic dystrophy patients in Japan

2015年1月12日の市民公開講座「知っておきたい筋強直性ジストロフィー」(大阪大学中之島センター)

65パーセントの患者が「医学研究の最新情報を得られていない」と感じている

アンケートの冒頭で、「医師・研究者に聞きたいこと、教えてほしいことがあるか」という設問に対し、もっとも多い回答は「治験を含む医学研究に関する最新の情報」についての不満でした。「ごく一部は得られている」「まったく得られていない」という回答の合計は65パーセントにもなりました。

88パーセントの患者が「医師や研究者とのやりとりにネットを使いたい」と回答

「医師・研究者とのやりとりにコンピューターや携帯端末を使うことについてどう思うか」という設問では「積極的に使いたい」が53パーセント、「条件次第で使ってもよい」が35パーセントと、合計88パーセントもの患者がネットを使うことに前向きな回答を示しました。
さらに、今までネットを使ったことがないという患者のうち、2/3の患者が「将来的にはパソコンやスマートフォンで情報を得ること」に興味を持っています。

プライバシーや情報獲得に関して意識が高い

患者の個人情報を含むデータが研究者や製薬企業に提供されることについて43パーセントの患者が「その都度、連絡がほしい」と回答しました。
ネットを使う上でどんな配慮が必要かという問いには「情報やプライバシーがしっかりと守られること(45パーセント)」、「自分の身体や心理面のケアに役立つ情報が得られること(40パーセント)」と、多くの患者が情報管理と役立つ情報の両立を求めていることがわかりました。

DM-familyでは論文の責任著者である大阪大学大学院の加藤和人教授に、この研究についての質問にお答えいただく機会を得ました。加藤先生との一問一答をご覧ください。

この研究を行うきっかけはどんなことでしょうか?

加藤先生:これまでの医学研究では、大学や研究所にいる「研究者」が計画を作り、患者さんは研究の「対象者」としてご協力いただく、いわゆる「受け身」の存在でした。

けれども、病気に関すること、たとえばどのような症状がでるのか、というようなことは患者さんにしかわからないことも多くあります。

そこで、患者さんとともに研究を進めるという動きが欧米を中心に進み始めています。私は、いずれ日本でもきっとそうしたパートナーシップが重要になると数年前から考え、まず患者さんたちがどのような考えを持っておられるのかを知りたいと考えていました。

なぜ「筋強直性ジストロフィーの患者」を対象に調査を行ったのでしょうか?

加藤先生:上記で述べた患者さんとのパートナーシップに基づく研究に興味をもっておられる先生を、大阪大学の中で探していたときに、神経内科の望月秀樹教授が、筋強直性ジストロフィーの専門家である高橋正紀先生をご紹介していただいたことがきっかけです。

高橋先生が2015年1月に大阪で市民公開講座を開催されると聞き、可能ならそこで、患者さんやご家族の方のご意見を聞いてみてはどうかと、高橋先生に提案したところ、やってみましょうと言っていただいたので、調査を行うことができました。
お答えいただいた皆様には心からお礼を申し上げます。

「患者登録のインターネット化」は、患者登録に必要な医療データを、患者と家族が入力することを求めているのでしょうか?

加藤先生:患者登録は重要な活動で、日本中で進み始めています。それ自体は大変大がかりなものですので、そのための作業を患者さんとご家族の皆さんがすべてなされることを期待しているわけではありません。

患者さんにしかわからない、たとえばQOLや痛みといった体や心の状態について、インターネットを介して集めることで、より詳しく患者さんの状態を把握できるようになれば、より緻密な研究や、新しい研究が進み、診断法や治療法のレベルアップにつながるのではないかと期待しています。

実際、共同研究をしているイギリスのオックスフォード大の研究者たちによると、整形外科分野の難病の一つで(彼らはその分野を対象に研究を行っています)、痛みについての情報をインターネットで集めた結果、同じ痛みといっても患者さんごといろいろな痛みがあるということがわかってきているそうです。

これは一つの例で、インターネットを介した方法を使えば、これまでにはできなかった内容の研究が進むと期待しています。

研究を進める上で大変だった点、よかった点はどんなことでしょうか?

加藤先生:初めての研究だったので、どのような質問をするのがよいのか、質問の内容を作るのに苦労しました。よかった点としては、多くの方が答えてくださったことと、
高橋先生のような日本の中での第一人者である先生と一緒に研究を準備し進めることができた点です。

患者と医師・研究者のつながりについて、ご意見がございましたらお聞かせください。

加藤先生:公開講座を開催した2015年1月から、今日(2016年秋)までに、筋強直性ジストロフィーを始めとするいろいろな難病の方々と知り合う機会を持ってきています。

その中で強く感じるのは、患者さんやご家族の方々が、これまでよりもはるかに積極的に専門家である医師や研究者とつながり、一緒にいろいろな活動をされる機会が増えてきているということです。

もちろん、新しい薬や治療法の開発には大変な時間とエネルギー、お金がかかりますので、地道な努力が必要ですが、病気のことを一番よく知っておられる患者さんたちが積極的に活動されることで、物事がより前進するようになると思います。

ぜひ、遠慮せずに、医師や研究者と出会い、話せる機会に参加していただければと思います。

*「大阪大学大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学 加藤和人研究室」のウェブサイトはこちらです。
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/index.htm