国際筋強直性ジストロフィー会議IDMC-13報告(3):これまでにないPPIセッション。治療薬開発に必要なのは患者の“パッション(情熱)”

筋強直性ジストロフィー患者会(DM-family)は、2022年6月22日~25日に大阪で開催された国際筋強直性ジストロフィー会議IDMC-13(International Myotonic Dystrophy Consortium Meeting)に参加し、最終日の6月25日に、PPIセッションウェビナー「もう、治験は始まっている」を開催しました。

*PPI:研究への患者・市民参画(Patient and Public Involvement)

今、世界中でさまざまな治療法の開発が進んでいます(当患者会が作成した治療薬開発表はこちら)。このウェビナーは、治験中・または治験実施直前の製薬企業や研究者からのお話を、日本語と英語の逐次通訳を交えて実施しました。

配信会場には、IDMC-13大会長の高橋正紀先生(大阪大学)をはじめ、IDMC創設者である芦澤哲夫先生(ヒューストン・メソジスト病院)、松村 剛先生(国立病院機構大阪刀根山医療センター)、、木村 卓先生(兵庫医科大学)、また、演者としてエミリー・ファンテリ先生(AMOファーマ)、中森雅之先生(大阪大学)に来場いただき、他の演者の皆様は各地からオンラインで参加いただきました。改めまして感謝申し上げます。

本ウェビナーには、患者と家族、支援者をはじめ、国内外の医療者、製薬企業、研究者の皆様など、656名のエントリーがあり、関心の高さがうかがえました。

IDMC-13 大会長の高橋正紀教授(大阪大学)からご挨拶いただきました。
1.AMOファーマ(マイク・スネイプ先生、エミリー・ファンテリ先生)

AMOファーマは、小児の発達に重要な影響を与える疾患の治療法の開発を進めており、開発中の治験薬AMO-02は先天性筋強直性ジストロフィー1型の患者を対象とするものです。

AMO-02は、GSK3β(細胞内制御キナーゼ)活性を阻害することで、細胞を正常化します。筋強直性ジストロフィー1型では異常なRNAが多くの臓器に影響を与えますが、この投与により、異常なRNAが減少することを確認されています。

また、1日1回の経口投与で、体の隅々に薬剤を届けることができるため、様々な症状を治療できる可能性がある、との見解が示されました。

AMO-02の試験は、最初に、先天性・小児期発症筋強直性ジストロフィー1型の青年および成人患者16名を対象に、3ヶ月かけて行いました。主要な項目で、投与量に比例して効果が認められました。

試験参加した患者・家族からは

「以前はできなかったボタンはめや靴下を履くことができるようになった」

「愛情表現が見られるようになった」

「疲れを感じることなく、長い距離を歩くことができる」

などの改善効果が示されました。非常に驚くべき結果です。

そこで次のステップとして、こうした効果を検証するために治験第2/3相が実施されています。

コロナ禍のために試験は一時中断しましたが2021年4月から再開、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで5ヶ月間にわたって実施中です。被験者の年齢は6~16歳の子供です。

ランダム化、二重盲検、プラセボ対照試験で投与しますが、その後に延長試験を希望すると全員が実薬を投与され、安全性の検討を行う12ヶ月の試験を行います。

2023年の前半には解析データが得られる予定で、良好な結果になった場合、アメリカの規制当局と相談を始め、今後の開発計画を立てることになります。

最後に、評価についてのお話しがありました。安全性はもちろん、歩行や認知機能、自閉症の症状の程度を確認します。

また、どのように変化していると判断しているかをご家族から聞き取ります。

主要評価項目として、アメリカのロチェスター大学が開発したスケールから派生した「CDM1-RS」という臨床評価スケール、11項目を測定します。

マイク・スネイプ先生から「今回の臨床試験のデータの結果を楽しみにしている」とのお言葉があり、大きな期待を持つことができました。また、エミリー・ファンテリ先生からは、「この治験の結果が出たら、ぜひ皆さんと共有したい」とコメントがありました。

ウェビナーは日本時間9時から開始したため、マイク・スネイプ先生が参加しているロンドンでは午前1時です。深夜に参加いただいている先生のために、AMOファーマへの質疑応答は講演直後に行いました。

多くの質問が寄せられ、スネイプ先生から丁寧にお答えいただきました。

中でも、「いま、ゼロ歳の子どもが先天性筋強直性ジストロフィーですが、薬ができるまで何をしたらいいですか?」という質問があり、スネイプ先生は「それは、主治医の先生に聞いてください」との回答が示されました。

日ごろ、医療を受けることが大切と、医師だけでなく製薬企業からも強くお勧めいただいています。

マイク・スネイプ先生
エミリー・ファンテリ先生
2.アビディティ・バイオサイエンス(リサ・アッカーマン先生)

体内の有害なRNAを減らす根本治療に向けて、抗体オリゴヌクレオチド複合体「AOC 1001」を開発しています。

オリゴヌクレオチドは、筋強直性ジストロフィーの有害なRNAを破壊することができます。目的の場所(細胞)まで運ぶため、抗体とオリゴヌクレオチドをリンカーで結びつけ、細胞にある「トランスフェリン受容体」に抗体が入ることでオリゴヌクレオチドを目的のDMPK遺伝子にある有害なRNAに届けることができます。

「抗体」はすでに100種類ほどの承認薬にも使われているものです。

猿を使った前臨床試験では、単回投与後、大腿筋と脹脛の筋肉細胞において、有害なRNAが75%以上減少し、12週間以上持続させることができた、と報告されました。これらの結果から、人体の場合は3ヶ月に1回投与すればいいのではないか、と期待されています。また、骨格筋と横隔膜、心筋においても同様の結果が得られています。

現在、アメリカの複数施設で、成人患者を対象とした「MARINA™臨床試験」を実施中であり、安全性と忍容性、薬物動態、筋肉内のDMPK遺伝子の減少をプラセボ比較対照で確認しています。2022年度末には、進捗が報告される予定です。

リサ・アッカーマン先生
3.ダイン・セラピューティクス(モリー・ホワイト先生)

「人生を変える治療法を届けることが当社のミッション」という力強い言葉から講演が始まりました。

アンチセンスオリゴヌクレオチド(以下オリゴヌクレオチド)は有害なRNAを破壊し、スプライシング異常を正常にできますが、これを骨格筋や心筋、平滑筋の細胞に届けることは困難でした。

ダイン社は、オリゴヌクレオチドを、目的となる細胞に届けるための技術「FORCE™プラットフォーム」を開発しています。

筋強直性ジストロフィー1型において、各種症状を引き起こす原因となる、細胞核内の有害なRNAを壊すことが治療になります。このとき、有効成分(オリゴヌクレオチド)をしっかりと細胞核内に導くことができる技術「FORCE™プラットフォーム」が鍵となります。

FORCEプラットフォームを使い、同社では筋強直性ジストロフィー1型だけでなく、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーやデュシェンヌ型筋ジストロフィーのうち、エクソン51に対する治療薬も同時に開発するなど、幅広い計画を展開しています。

現在開発中の筋強直性ジストロフィー1型治療薬「DYNE-101」でターゲットとしているのは、骨格筋(体の筋肉)と呼吸、心臓の筋肉です。

FORCE™プラットフォームについて説明いただいたあと、独自開発されたマウスモデルによる「DYNE-101」の検討結果が示され、有害なRNAが明確に分解(心臓、横隔膜などで50%程度)され、スプライシングが補正されたことが報告されました。

これらの結果から臨床試験に進むこととなり、治験デザイン案の作成が行われました。これはプラセボ比較対照、反復投与用量漸増試験(MAD試験)で実施されるもので、症状のある筋強直性ジストロフィー1型患者を対象とした国際共同治験により行われます。患者への最初の投与は2022年の半ばになるとのことです。

※セミナー後の7月12に、ニュージーランドでの臨床試験申請の承認についてのプレスリリースがありました。

モリー・ホワイト先生
4.大阪大学(中森雅之先生)

まず初めに、薬はどのように開発されるのか、どのように治験が行われるのかについて、基礎的なことを説明いただきました。この流れを理解しておくことはとても大切なことです。

当患者会で実施したセミナーでも説明があったとおり、薬ができるまではさまざまなステップが必要です。大まかには以下のとおりです。

(1)どんな成分が効くか、どのくらい効くのか調査(2、3年)

(2)候補薬がについて、動物試験で安全や効果を調査(3~5年)

【ここまで実施し、初めて人で調査します。これを臨床試験といいます】

(3)臨床試験(約7年)は3つのフェーズに分かれている。

第1相試験:健康な人に対し、安全性を調べる時間

第2相試験:少人数の患者で、どのくらい量、期間が良いかを調査

第3相試験:多数の患者で、安全性と効果を調査

(4)良い結果が出れば、薬を使うための承認申請を経て、承認され、販売

つまり、薬の開発には10~15年くらいかかります。費用は200~300億円かかると言われています。

ところで、治験は大きく分けて、企業治験と医師主導治験に分かれます。

○企業治験:お金をかけて、大勢で、凄まじい勢いで試験する。

○医師主導治験:研究者が見つけた薬を医師が試験する。

中森先生が現在実施されている治験は医師主導治験です。医師主導治験はお金がない状況から始まります。人もお金もない状況をどう補うのか?それは情熱です。

いかに少ないお金と人で、薬の開発を行うか?その1つの方法がドラックリポジショニングです。これは、すでに他の病気で使われている薬の中から筋強直性ジストロフィー1型に効く薬を探す、という方法です。

中森先生のグループは、抗生物質のエリスロマイシンが筋強直性ジストロフィー1型に効果がある可能性を見出しました。これまでの研究で、異常RNAの毒性を抑えることがわかっています。

この度の第2相治験は2019年11月~2022年3月で実施されました。

「治療薬の開発に情熱を持つのは医師、企業、病院等だけではない。患者の情熱も必要。今回、患者登録Remudyから、かなりスムーズに登録・参加いただいた。これは、日本の患者がいかに薬を待望しているか、ということを反映している」とのことでした。

なお、この治験では、服薬率がとても高かったそうです。これも患者の情熱を反映している結果と言えます。治験に参加された皆様、大変お疲れさまでした。皆様の情熱が未来を創っていくことを信じています。

開発薬を臨床で使うためには、第3相試験をより確実に行う必要があります。

「今後、きちっと解析して第3相試験につなげたい」という中森先生の力強い言葉に大きな希望が持てました。

※今回紹介いただいた治験の詳しい情報は、臨床研究等提出・公開システムjRCT(臨床研究実施計画番号2051190069)にて公開されています。

中森雅之先生
5.国立病院機構 新潟病院(中島 孝先生)

ロボットスーツによる運動療法、と聞いてどのような治療か想像できますか?

今回、HAL®と呼ばれる装着型サイボーグを用いた、神経筋疾患に対する新しい運動療法が紹介されました。

HAL®は筑波大学の山海嘉之教授が開発されたもので、人と機器が機械的・電気的に一体化するサイボーグ技術を基にしたロボットスーツです。これを用いた治療はサイバニクス治療と呼ばれています。HAL®による運動学習によって、脳内の神経細胞の繋がりが変化(神経可塑性、といいます)し、運動機能を改善できる、と考えられています。

筋強直性ジストロフィーを含む神経筋疾患に対して、HAL®を用いたサイバニック治療についての治験が実施(2013~2014年、国内)され、10分間歩行テストにおいて、筋力の改善が見られました。これらの結果を基に、HAL®を用いた治療は、日本では保険適用の治療法になっています。

また、国立病院機構 仙台西多賀病院にてHAL®による歩行運動療法を行った筋強直性ジストロフィー1型患者である、当会副理事長 佐藤美奈子の療法事例が紹介されました。

佐藤は、1回30分程度の歩行練習(全9回)を行い、次第に満足感や歩行時の快適感を感じるようになり、1年に1、2回、HAL®を使用した歩行運動療法に取り組みました。

治療の前は、杖使用での歩行は30m、階段は両手すり使用で2、3段でしたが、治療により、杖歩行は150mに、階段は13段に改善しました。

筋強直性ジストロフィー1型患者における一般的な歩行能力の低下傾向に対し、HAL®により改善効果が得られました。

歩行運動療法実施時の様子
中島 孝先生
6.Q&Aセッション

オンラインシステムには、国内のみならず、海外からも多くの質問が寄せられました。Q&Aの一部を紹介致します。

健常な体の部分への影響は?

薬は有害な影響も伴うものである。その程度を注意深く調べることが重要。(スネイプ先生)

RNAをターゲットにするのであれば、生涯、治療を受けないといけないか?

そのとおり。単回投与で数か月の効果が持つと考えられる。(アッカーマン先生)

1歳の子供がいる。今後のことを考えて、患者登録をした方が良いのか?

対象年齢は拡大する予定。登録は治験の助けになるだけではなく、さまざまなメリットがあるので、患者登録をお考えいただきたい。(中森先生)

HAL®治療はどこで受けられるか?どの程度の症状の患者で実施できるか?

日本では、70以上の病院にて健康保険で受けることができる。

ハーネスをつけて立てる患者であれば実施可能。(中島先生)

※実施可能かどうかは、主治医に相談してください。

これらのほかにも多くの質問があり、講師の先生方から丁寧に回答いただきました。

7.筋強直性ジストロフィー1型の臨床治験とその先に見えるもの

本ウェビナーの最後に、IDMC創始者として、ヒューストンメソジスト病院の芦澤哲夫先生からお話をいただきました。

1992年に筋強直性ジストロフィーの原因遺伝子が発見されて25年ほど経ち、機序に基づいた臨床研究が開始され出しました。近年、治験に入るものもあり、開発が進んでいます。

ただ、今後、治療薬が承認・市販されても、それで終わりではありません。市販後、安全性と忍容性、有効性を確認する「市販後調査」があります。

そこで問題があれば、承認は取り消されることもあります。一度取り消されると復活させることは難しいため、臨床試験を有効性、安全性が示されるように、完璧な臨床試験の計画(デザイン)が必要であり、被験者がきちんと参加することが重要です。

「このような会の開催により、患者が様々な情報を得ることは、治療薬開発には不可欠なことであり、とても大切なことです」と、芦澤先生は話しました。

芦澤哲夫先生

芦澤先生からお話があったように、治療薬開発を加速させ、少しでも早く入手できるようになるには、患者登録(遺伝子検査による確定が必要)を行って、治験に参加ができる患者が揃っていることを海外製薬企業や研究機関などにも示し、また、自然歴研究に参加して、治験の基礎となるデータを提供するなど、患者が積極的に開発に参加していかねばなりません。「取り残された患者」とならないよう、患者の意識改革が求められていると感じています。

最後に

本ウェビナーは、当患者会がこれまでに行ってきたオンラインセミナーと比較にならないくらい大掛かりなものであり、大変チャレンジングなものでした。スタッフ一丸となり、おかげさまで無事に終えることができました。ウェビナー開催にかかるノウハウは蓄積され、今後の患者会の取り組みに活かされることでしょう。

IDMC-13を記念して行ったウェビナーの成功が、筋強直性ジストロフィーの未来を変える一助となることを祈念いたします。

開始前、ウェビナーにかかる通信機器等の設定、テストを行う患者会スタッフ。なんとこの配信は、専門業者に頼ることなく、スタッフで運営しました。通訳のみ、NHKで国際ニュースの通訳などを行っている株式会社NHKグローバルメディアサービスに委託しております。

ウェビナーを無事に終えたあと、スタッフみんなで記念撮影しました!

配信会場に集まった患者会スタッフは、司会進行、PPIセッションの配信設計と実施、写真撮影、配信チェックを分担しました。Q&Aセッションにおいて、青森から英文の質問の読み上げや、東京でデータバックアップを担当したスタッフもいます。

スタッフは全員、本業の仕事を持っており、家族に患者がいる者ばかりです。それでも力を合わせれば、できることがあります。

ひとりひとりの努力が未来を変えていく原動力になると信じて、わたしたちはこれからも活動を続けていきます。