仙台市民公開講座レポート(2):出るお金は最小限に、入るお金は最大限に
2016年7月17日(日)に開催された市民公開講座「知っておきたい筋強直性ジストロフィー@仙台」。今回は後半の「知っておくと便利な色んなこと」、「みんなで変えよう筋強直性ジストロフィーの将来」についてのレポートです。
医療ソーシャルワーカーは、安心して治療を継続するための相談相手
国立病院機構 仙台西多賀病院の地域連携室に所属している医療ソーシャルワーカーの相沢祐一さんからは、「利用できる制度やサービス」についての説明がありました。
相沢さんは最初に、「病気になっても仕事は大切です。できるだけ仕事を継続するには、早めに身体障害者手帳を取得すること。企業には法定雇用率があり、一定数の障害者を雇用する義務があります。また、インターネットを使った在宅勤務も増えてきました」と話しました。
患者と家族が安心して治療を継続するために、ソーシャルワーカーが気をつけていることは「出るお金は最小限に、入るお金は最大限に」です。
出費を最小限にするには、筋強直性ジストロフィーに対する「難病医療費」の申請と「身体障害者手帳」の取得を検討するといいそうです。身体障害者手帳は主に肢体不自由を対象としていますが、嚥下能力低下なども対象となるので、いろいろな部分の障害を足して等級を判定します。身体障害者手帳を持つと、等級に応じて医療費助成のほか、交通費助成や税金の減免などがあります。
お金を得る方法としては障害年金の受給が考えられます。障害が重くなったら必ず改定請求を申請することが大事です。身体障害者手帳と障害年金は別なもので、障害年金は「生活のしづらさ」を保障するもの。「補装具を使用しないでできること、を書くといいでしょう」と相沢さん。年金には請求権が必要なので、「ご自分の請求権があるかどうか、日本年金機構に確認してみてください」とのことです。
ほかにも特別障害者手当や生命保険などからお金を得られる場合があります。筋ジストロフィーは医療保険や介護保険の取り扱いが違い、訪問看護の利用も毎日、複数回の訪問が可能とのこと。こうした制度は全国共通なのだそうです。
「日本の医療福祉制度は、申請が必要です。申請しなければお金を得たり戻したりすることはありませんから、医療ソーシャルワーカーと相談してください」と相沢さんは話しています。
病気があっても、生活の質を充実させることができる
国立病院機構 あきた病院の和田千鶴先生の「ちょっとした工夫が大切」は「病気や症状があることと、生活の質は直結しない」というお話しから始まりました。医療は身体的健康だけでなく、心理状態の維持をすることが重要です。
「とにかく、病院から離れないようにすること。定期的な受診をしていれば、より有効な治療が受けられたり、気が付かなかった症状がわかったり、予測できる合併症に対応できたりします。また、日常生活での留意点や社会的サポートの情報も得られます」。
具体的な症状を低減できる可能性があるのに、現実にはそれを知らない人もいます。その理由は患者と医師の双方にあると和田先生は指摘しています。
具体的な困りごとがないと受診しない、症状があるのに深刻感がない、病状を正確に伝えられない、病気に対する理解不足。こうした患者は症状を低減するチャンスに出会えません。
一方、医療者側にも、病気を理解していない、自分の科の症状として診るにとどまり疾患の特性を理解していない、患者から症状や家族歴を聞き出せないなど問題点があります。
患者と医師の双方が歩み寄る必要があるようです。
和田先生は、もうひとつのお話しとして、筋強直性ジストロフィーの症状である中枢神経障害についても説明されました。脳に関する症状で、疲れやすい、日中の眠気だけでなく、やる気・意欲、遂行機能の低下などが起きることがあります。このような症状が見られる場合は、それを主治医にきちんと伝えることが必要です。
「こうした症状がおきたときに大切なのは、家族や周囲のサポートです」と和田先生。まず見えている・聞こえていることを確認した上で、患者が理解しているかどうかを確認しながら「ゆっくり話す」こと、変わった症状がないかどうか観察すること。そして「患者さんの意欲を引き出すためには、ご家族からの声かけが必要です。まずやってみることを促してみましょう」と、家族に向けて強くアドバイスされました。
最後に和田先生は「血縁者に同じような症状を持つ方がいたら、神経内科の受診をお勧めしてください。そして中枢神経の症状についても、理解を深めましょう」と話しています。
リハビリテーションは、人間らしく生きる権利の回復
国立病院機構 あきた病院の菊地和人先生からは「リハビリテーションは生活を豊かにする」というお話しがありました。
リハビリテーションは、「再び・適した・状態にする」という意味で、人間らしく生きる権利を回復することです。
リハビリテーションは、患者に障害があっても「生きる意味」を見いだせるよう、残存機能の維持と障害の軽減を目指しています。あきた病院では滑車を使った関節可動域訓練や寝て行える筋力訓練など、患者の症状に応じたリハビリテーションを行っているそうです。自宅でできるストレッチ方法や呼吸訓練、温熱療法、運動療法なども紹介されました。
あきた病院では、日常生活動作の訓練や、精神・社会面の自発性欠如などに対応するため、交流の促進や手工芸活動も行っているとのことです。
急速に進んだ筋強直性ジストロフィーの治療研究
大阪大学大学院 高橋正紀先生からの「くすりの開発の現状と患者登録の意味」では、薬ができるまでに必要な「治験」についての説明と、治療薬開発の現状について説明がありました。
筋強直性ジストロフィーという病気の仕組みがわかってきたため、薬の開発も進んでいます。核酸医薬や、既存薬の別な効果を利用する方法などが研究されています。
米国の製薬会社アイオニス・ファーマシューティカルズの「IONIS –DMPKRx」は米国での治験が進んでいる核酸医薬です。現在、米国内で約80名の患者が治験を受けており、年内にも治験第2相aが終わる予定です。
また英国ではAMOファーマの「AMO-2(tideglusib)」が2016年内にも英国での治験第2相が始まろうとしています。この薬はアルツハイマー型認知症に対する治験がすでに行われているため、より早く治験が進められるのではないかとのことです。
日本で治療薬の治験をするためには、神経・筋疾患患者登録システム「Remudy」への患者登録が必要です。
筋強直性ジストロフィーは患者数が少ない病気なので、研究者・製薬企業にとっては、患者の数や状態、特徴を把握し、協力する患者を集めることは極めて困難です。
患者登録は、こうした患者の実態を知りたい研究者・製薬企業と、患者をつなぐものです。患者登録から得られたデータは、匿名化されて世界中の研究者や製薬企業の研究に役立っています。
自分は患者登録も治験もしたくない、という方にとっても、患者登録はメリットがあります。自分の健康状態を定期的にチェックできる機会となり、症状への早期対応が可能になります。
また、「患者登録はこの病気と患者を、社会、とくに研究者や製薬企業に知らせ、関心を持ってもらうための方法でもあります」と高橋先生は話しています。
「今できることをきちんとする」。そこから始まる医療の進化
最後に国立病院機構 刀根山病院の松村 剛先生から「研究班の活動と臨床研究・治験への協力お願い」が話されました。
「筋強直性ジストロフィー治験推進のための臨床基盤整備の研究班」は、来るべき筋強直性ジストロフィーの国際共同治験に向け、臨床基盤整備を行う研究班です。
臨床の基盤となるのは「今できることを、きちんとすること」です。
医療は刻々と進化しています。患者の命を救うために、できることはたくさんあります。患者自身がきちんと医療を受け、医師と相談し、できることを一緒に考えると、医療はさらに進歩していきます。
研究班では、病気の正しい知識を広めるためにホームページ「専門家が提供する筋強直性ジストロフィーの臨床情報」を公開、患者が知るべき情報を掲載しているほか、医療関係者向けのコンテンツも充実させています。
研究班は市民公開講座「知っておきたい筋強直性ジストロフィー」を2015年1月から今回の仙台まで全国8か所で開催しました。今後も山口、名古屋、東京で開催されるとのことです。
さらに患者登録の促進も行っています。すでに患者登録のデータから「心電図異常とデバイス治療」、「耐糖機能異常と治療」などの研究が進んでいるそうで、患者の治療に還元されることが期待されます。
松村先生からは、患者登録について再度のお願いがありました。
「この病気は、自然歴データ(患者の症状がどのように進んでいるかの記録)が重要です。この病気の全体像を解明し、患者さんを救う医療を研究するために欠かせません。
また、治験は必ずしも軽症者だけを対象としている訳ではなく、さまざまな病気を合併している人も対象となる可能性があります。症状の重さにかかわらず、ぜひ患者登録に協力してください」。
社会にこの病気を伝え、研究を促進し、よりすぐれた医療を受けるために。ひとりひとりの患者登録も、集まれば大きな力になっていきます。
会場から「ありがとう」の声
講座の最後、質問コーナーの時間にひとりの参加者が先生方にお礼の言葉をかけました。「こんなに多くの先生が、この病気の説明をしてくれたこと、本当にありがとうございます!」
参加者の思いを代表するひとことでした。