ほとんどの筋ジス患者は筋肉注射ができる!:ウェビナー「新型コロナワクチンと筋ジストロフィー」レポート
2021年6月20日(日)、DM‐family主催のウェビナー「新型コロナワクチンと筋ジストロフィー」を開催、約80名が聴講しました。
国立病院機構大阪刀根山医療センター小児神経内科部長・感染防止対策室長の齊藤利雄先生から新型コロナウイルス感染症のワクチン接種について、すべての筋ジストロフィー患者と家族、医療従事者に向けてお話しいただきました。
なお、このウェビナーの内容は2021年6月20日時点のものです。今後、変化があることをご承知置きください。
国立病院機構大阪刀根山医療センター 齊藤利雄先生
予防接種とは「免疫をつける」、「免疫を強くする」こと
まず、齊藤先生から予防接種とは一般的にどういった意味を持つのか説明がありました。
予防接種とは、私たちヒトが本来持っている感染症の原因となる病原体に対する免疫(抵抗力)ができる体の仕組みを利用して、病気に対する免疫をつけること、免疫を強くするためにワクチンを接種することを言います。
免疫ができることでその感染症に再びかかりにくくなり、かかっても病状が軽くなることがあります。
ワクチン接種は、社会全体を感染症から守る「集団免疫」への第一歩
ワクチンを接種することは人口の一定割合以上の人が免疫を持つこととなります。
感染者が出ても流行しにくくなり、間接的に免疫を持っていない人も感染から守られる状態を集団免疫と言い、社会全体が感染症から守られることになります。
ただし、新型コロナワクチンでの集団免疫の効果は接種自体が開始されたばかりですので、時間を要することもまた事実です。
ワクチンの種類:mRNAワクチンは、筋強直性ジストロフィーの原因とは無関係
ワクチンには、一般的に下記のような種類があり、2021年6月現在、日本で薬事承認され、接種が始まっている新型コロナワクチンは、ファイザー社「コミナティ」と武田/モデルナ社「COVID-19 ワクチンモデルナ」の2種類です。
いずれもmRNAワクチンですが「筋強直性ジストロフィーの原因となっているRNAとは関係ありません」と齊藤先生は話されました。
- 生ワクチン
- 不活化ワクチン、組み替えタンパクワクチン
- mRNAワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチン
今回のウェビナーでは、それぞれがどのように作用するのかと、mRNAワクチンがどのように作用するのか、詳しい説明がありました。
mRNAワクチンは、「ウイルス・ワクチンとも同じ仕組みでタンパクを作りますが,ワクチンは部品しか作らないので感染性はありません」とのことです。
ファイザー社「コミナティ」と武田/モデルナ社「COVID-19 ワクチンモデルナ」、いずれも2回の接種が必要です。
ワクチンは「筋肉注射」。筋ジストロフィー患者でも、筋肉は残っていることが多い
新型コロナウイルス感染症のワクチンは、筋肉に注射(筋注)をします。
「日本では、予防注射は皮下注射が多いですが、世界的には、筋肉注射が一般的です」と齊藤先生。筋肉は皮膚に比べて痛みを感じる神経が少ないと言われています。
「筋ジスだから筋肉がないのでは」と不安になるかもしれませんが、齊藤先生は「ほとんどの筋ジス患者さんには、筋肉が残っています!血管もちゃんとあります!」
つまり、ほとんどの筋ジス患者で、筋肉注射でのワクチン接種が可能です。
参考:日本神経学会 2021年6月24日「COVID-19ワクチンに関する日本神経学会の見解(第3版)」https://www.neurology-jp.org/covid/pdf/20210624_01.pdf
優先接種などの確認は、お住まいの自治体へ
筋ジストロフィーなど神経筋疾患は、基礎疾患として、ワクチン優先接種を受けられます。
お住まいの自治体によって対応の違いがありますが、基本は患者からの申し出です。接種の案内が来ていない場合は、自治体に確認しましょう。
参考:各都道府県の新型コロナウイルスに関するお知らせ・電話相談窓口(首相官邸ホームページ)https://www.kantei.go.jp/jp/pages/corona_news.html
小さなお子さんのいる方に向けた、日本小児科学会からの「考え方」
日本小児科学会から「新型コロナワクチン~子どもならびに子どもに接する成人への接種に対する考え方~」が発表されています。
「子どもを新型コロナウイルス感染から守るためには、周囲の成人(子どもに関わる業務従事者等)への新型コロナワクチン接種が重要です」と示されていることが紹介されました。
世界筋学会(WMS)神経筋疾患患者へのアドバイス
2021年6月20日時点、神経筋疾患患者への学会公式見解として世界筋学会(WMS:World Muscle Society)からのアドバイスが公表されています。
齊藤先生からは「特別な調査はなされていませんが、筋萎縮が筋⾁注射によるワクチンの有効性に影響を与えるという証拠はありません。現時点の知見では筋細胞は免疫反応に重要な役割を果たしてはいないと⾔われています」 とのことです。
参考:MD Clinical Station for Doctors「新型コロナウイルス(COVID-19)と神経筋疾患患者:世界筋学会(WMS)からのアドバイス ― ワクチン接種について」
ワクチンの副反応
副反応については、国内における臨床試験の結果が示されました。
- 局所の痛み:80~90%
- 頭痛:50~60%
- 筋痛:ファイザー社 38% 武田/モデルナ社 60%
稀に重い副反応としてアナフィラキシーショックが報告されていますが、接種者のアレルギーの有無とは関係なく起こることもあるため、接種後30分程度は接種会場で様子を見ることが大切です。
また2021年6月20日時点で武田/モデルナ社の新型コロナワクチンには、国内でのアナフィラキシー報告はありません。
過去に重いアレルギー症状を発症したことがある人、体調面に不安のある人は接種前に必ず、主治医と相談をしてから接種を決断しましょう。
副反応のコホート調査からわかること
接種した約2万人の医療従事者を対象とした「新型コロナワクチン投与初期の重点的調査(コホート調査)」によると、以下のような結果となっています。
発熱
接種1回目は、あまり熱が出ない。
接種2回目は、3割以上で接種翌日に出る。
20歳代~40歳代、若い方の方が発熱しやすい。
発赤・腫脹・硬結
1割強の方で見られた
痛み
みんな痛い。でも2~3日。
頭がいたく、だるい
20歳代~50歳代、若い方が頭痛あり、だるくなる
「ワクチンの副反応で、痛い、だるい、熱、といった言葉が続いていますが、これらは皆一時的なものです。新型コロナ感染症に罹患すると、もっと大変です」
と齊藤先生は強調されていました。
「接種の最終判断は、最終的には個人にゆだねられますが、しっかり考えて判断なさってください」とのことです。
講義の最後に、齊藤先生は次のようにお話しになりました。
ワクチンで感染が完全に防げるわけではありません。
ワクチンは、感染対策のひとつとしてとらえるべきでしょう。
接種後も、マスク・手洗い・人混み回避等の基本的な感染対策は必要です。
質疑応答では36問について齊藤先生からお答えいただきました。ご質問いただいた方、お答えいただいた齊藤先生にお礼を申し上げるとともに、質問受付を途中で打ち切らざるを得なかったことについてお詫びを申し上げます。
齊藤利雄先生からのメッセージ
新型コロナ感染症が流行し始めた当初は,わからないことだらけで不安がたくさんだったと思います.しかし,だんだん病気の本態がわかってきて,どのように対応すれば良いかがわかってくると不安は徐々に解消されていきました.
今年2月に医療従事者を対象にワクチン先行接種が開始されましたが,このときもわれわれは不安でした.しかし,やはり,時間の経過とともに新しい情報がどんどん入ってきて不安は安心に変わりました.
わからないことによる不安を不安のままおいておくのではなく,事実を正しく知ることで,適切な行動をとることが出来るようになります.みなさんが,正しい情報を知り,適切な行動を選択されることを期待しています.
ウェビナーの質疑応答で,神経筋疾患罹患者のCOVID-19報告の質問がありましたため,以下に追加情報として2つのレポートを記載いたします.
一つは筋強直性ジストロフィー(DM)に限らず神経筋疾患罹患児のCOVID-19の報告です.この報告では,小児の場合神経筋疾患はCOVID-19のそれほど大きなリスクにはならないのではと述べています.
もう一つは3例の筋強直性ジストロフィー患者さんの報告です.この3例の患者さんは亡くなっているのですが,治療法が確立される前の報告であり,現在とは少し状況が異なります.しかし,種々の合併症をお持ちのDM患者さんは注意が必要と思いますので,記載いたします.
神経筋疾患児のCOVID-19 要約
Natera-de Benito D, et al. J Neurol. 2021 Jan 2:1–5.
https://doi.org/10.1007/s00415-020-10339-y
2020年,スペイン全土の21の小児神経科部門での調査.
調査対象患者の情報
SARS-CoV-2感染症確定例の18歳未満の合計29例
男性20例,女性9例,平均年齢8.4歳(4か月~17歳)
神経筋疾患内訳
脊髄性筋萎縮症(SMA)11 例(1型6例,2型5例)
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)4例
重症筋無力症(MG)2例
ほか各種神経筋疾患が1~2例ずつで,筋強直性ジストロフィー1型も1例含まれる.
ステロイド投与 DMD4例,MG1例,免疫抑制剤投与 MG2例
車椅子使用 15例,呼吸補助を要する例 12例(うち9例SMA),胃瘻 5例.
29例中9例で,過去5年間に呼吸不全のために入院歴あり(1〜10回).
新型コロナ検査方法
26例がPCR検査で判明,3例が抗体検査で判明.
検査のきっかけ
14人 濃厚接触者のため検査
8人 検査や治療前の検査(肺活量測定、ヌシネルセン投与、脊柱固定術)
7人 有症状のため検査
経過
11人 無症候性で経過
16人 軽度の症状(発熱、倦怠感、筋肉痛、咳、喉の痛み、鼻水、肺炎を伴わないくしゃみなど、急性上気道感染症の症状)
3人 中等度の症状(肺炎、頻回の熱、咳,軽度の呼吸促迫など)
全例SMA 1型で1例はICUに3日間入院
症状
症状 | 例数 (%) |
---|---|
発熱/微熱 | 9例(31%) |
鼻づまり/鼻漏 | 9例(31%) |
咳 | 3例(10%) |
頭痛 | 3例(10%) |
筋肉痛 | 2例(7%) |
咽頭痛 | 2例(7%) |
下痢 | 1例(3%) |
嘔吐 | 1例(3%) |
嗅覚の消失 | 1例(3%) |
肺炎 | 2例(7%) |
治療
COVID治療として酸素負荷あるいは補助呼吸必要性が増加 2例(7%)
COVID-19治療として薬剤を使用 2例(7%)
使用薬剤 ヒドロキシクロロキン
コルチコステロイド
入院
29例中3例で入院 平均7日間(3〜10日)
全例SMA1型 1〜3歳 中等度の症状
2例は、軽度の呼吸促迫,もう1例は呼吸促迫のない肺炎を発症
著者は,以下のように述べている.
本調査結果からは,SARSCoV-2感染は、ライノウイルスやインフルエンザなどの他のウイルスよりも、神経筋疾患罹患児にとって生命を脅かすものではないようである.神経筋疾患の子供におけるCOVID-19は,予想されるほど重症ではないかもしれない.しかしながら,本調査のデータは,限られたデータであり,大規模調査が必要.また,この結果をそのまま成人神経筋疾患患者にも当てはめることは出来ない.
筋強直性ジストロフィー1型は重症COVID‑19の危険因子か?
Dhont S, et al. Myotonic dystrophy type 1 as a major risk factor for severe COVID-19? Acta Neurol Belg. 2020 Oct 14:1–5. doi: 10.1007/s13760-020-01514-z.
ベルギーのGhent University Hospitalからの報告.
2020年4月に治療を受けた3例の筋強直性ジストロフィー1型(DM1)の報告.44~64歳,1例男性,2例女性.2例は介護施設入所中.3例とも非侵襲的人工呼吸療法施行,1例の呼吸機能は比較的保たれていた.2例は肥満であったが,糖尿病罹患者はなし.肥満の1例は車いす使用.呼吸機能の保たれた1例は心合併症あり.COVID-19に対する治療として,2例にヒドロキシクロロキンが投与された.酸素投与、抗生物質投与、呼吸理学療法、非侵襲的人工呼吸療法を行ったが,発症5~8日で死亡した.
著者は,DM1の重大度に加え,肥満、循環器疾患,腎疾患などの併存疾患の関与が重要かもしれないと述べている.
齊藤先生からのコメント:報告された症例が治療を受けたのは2020年4月で,COVID-19の治療方法が確立される前の時期であり,現在とは治療法が異なる.現在は,ステロイドやレムデシビルなどCOVID-19に有効と思われる薬剤も使用可能であり,治療結果も違ったものになるかもしれない.