治療薬の承認申請にも、患者登録データが使われる時代に!:第21回CRCあり方会議
2021年10月2日、「第21回CRCと臨床試験のあり方を考える会議2021 in 横浜」シンポジウム10「リアルワールドデータ(RWD)/レジストリを医薬品開発に利活用するために -RWD/レジストリのクオリティを確保するための臨床試験チームの関わり方-」にて、筋強直性ジストロフィー患者会の妹尾みどりが特別発言を行いました。
このシンポジウムは、座長を国立長寿医療研究センター 鈴木啓介先生と日本製薬工業協会 藤岡慶壮様が務められ、製薬企業、規制当局、レジストリ(患者登録)運用、臨床研究の受託企業のみなさまに加え、CRC業務に携わる方もパネリストとして登壇され、それぞれの立場からお話しを伺うことができました。
そもそも、CRCって?レジストリって?
CRCとは、Clinical Research Coordinatorの略で、医療機関で治験や臨床試験のサポートを担う方です。患者が治験を受けるときの説明補助や、スケジュール管理、さまざまな調整、データのとりまとめなどをしています。
レジストリとは患者登録を指し、患者が自分の病気に関するデータを登録するためのデータベースです。 *本稿は「レジストリ」を「患者登録」と表記します。
患者数の少ない病気に対応するために、承認申請にもRWDを使いたい
最初に日本製薬工業協会 石井 学様から、「製薬企業による医薬品開発におけるRWD/レジストリ活用への期待」の講演がありました。
RWDとはReal World Dataの略で、医薬品開発では会計データから電子カルテ、患者登録など、病気とともに暮らす患者の多岐にわたるデータも利活用されています。
医薬品は、有効性と安全性を厳しく評価され、承認を受けて患者に届きます。
一般に、こうした評価にはプラセボ(偽薬)を投与される人たちと、候補となっている薬を投与される人たちを比較します。
しかし、患者数の少ない病気や、子どもに向けた薬などでは、たくさんの人数を集めて比較試験をするのは困難です。
そこで、治療薬を投与される前の患者登録のデータと、候補薬を投与された患者たちのデータを比較して有効性の評価をしよう、という考え方があり、海外では実際に治療薬承認に使われるようになってきました。
患者登録データを使う場合、製薬企業としては、下記のような課題を解決する必要があります。
- 利用目的(例えば治療薬の効果があるかどうかを判断すること)に合っているか
- データの品質(間違ったデータでないこと)が目的と合っているか
- エビデンスとして信頼できるか
こうした課題を解決するには、産学官だけでなく、患者にも自身のデータの重要性を知ってもらいたいとのこと。石井様は「これからは産学官・患の時代」と話されています。
患者登録を承認申請に使うには、データの信頼性が必要
次に医薬品医療機器総合機構(PMDA)の兼松 美和様から、「レジストリデータを承認申請等に利⽤する場合の信頼性担保のための留意点」についてお話しいただきました。
PMDAは、医薬品などの健康被害救済、承認審査、安全対策の3つの業務を担っています。承認審査では、医薬品の品質、有効性および安全性について、治験前から承認までを一貫した体制で指導・審査しています。
PMDAは、2021年3月に厚生労働省から発出された「『レジストリデータを承認申請等に利⽤する場合の信頼性担保のための留意点』について」に基づき、患者登録データを利用することについて、データベースを持っている側と利用する側それぞれに、信頼性の担保を求めています。
患者登録のデータを使って治療薬の承認審査をすることは、まだ日本では事例が少なく、信頼性の担保についての課題が明確になっていません。
利用目的によって、信頼性の基準は異なります。
例えば、目的が治療薬の効果を検討することであれば、治験との比較が可能かどうかを確認する必要があります。
また、「どの程度データの品質管理を行うか」については、利用目的に応じている必要があるため、PMDAでは早期に、個別での事前相談を製薬企業や研究者に呼び掛けています。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者登録におけるデータの品質維持に向けた取組み
続いて、国立精神・神経医療研究センター病院(NCNP)の原田裕子様から、「CRCの経験を踏まえたレジストリ構築・運営への関わり~品質担保に向けて~」をお話しいただきました。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋強直性ジストロフィーと同様に「神経・筋疾患患者登録Remudy」で患者登録をしています。
国内初となるデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療薬「ビルテプソ」が2020年5月に「条件付き早期承認制度」を受け、患者に投与されるようになりました。
「条件付き」とは何でしょう?
条件とは、製造販売後に有効性と安全性を再確認するために、必要な調査を実施することです。
条件付き早期承認を受けた治療薬を投与している患者から、新たなデータを収集する必要があります。
そこで、NCNPでは、従来の患者登録「Remudy」に加えて2020年6月から「条件付き早期承認制度」の「条件解除」にも活用できるデータの信頼性を確保し幅広く活用することを目的に、新しい患者登録「Remudy-DMD」をスタートしました。信頼性の確保に向けて、参加医療機関と協力しながら患者登録を進めています。
現在、NCNPではデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者登録は以下の3つで展開しています。共通の活用目的として、医療の向上や「どこに・何人・どんな症状の患者がいるのか」を調べる等がありますが、それぞれの患者登録に以下の主な活用目的があります。
- Remudy:治験の実施計画書作成や治験のリクルートなどに使える
- DMD自然歴研究:治験レベルの品質管理によって、治験データの代替などに使える
- Remudy-DMD:すでに発売されている治療薬の有効性と安全性を確認する
治験レベルにまでわたる患者登録を推進する中、原田様から「医療機関で診療の合間に研究を進める負担が大きい」との現場の声が紹介され、品質担保という理想と、現実をどのように埋めていくかが課題であることが示されました。
患者中心の医療には、患者の主観的データも大事
メビックス株式会社 村林裕貴様からは「RWD臨床研究に向けた⽀援-品質担保の考え⽅-」というお話しがありました。
医薬品の承認申請は、治療や回復を最優先にしてきましたが、患者の生活の質向上や、満足感につながるかどうかまでは考えられてきませんでした。
そこで近年、PRO(Patient Reported Outcome:患者報告アウトカム)や、患者に向けたアンケート研究が盛んになってきています。実際に、患者の声を生かした論文数は、ここ20年で約9倍にもなっています。
患者の声を集めることは大変な労力がかかります。村林様からは「電子的に」患者の声を集める、e-PROの紹介がありました。
スマートフォンの普及で、いつでもどこでも、患者がアンケートに応えることが可能となり、適切な管理をすればデータの精度も上げられます。
医療者と患者の接点は診察時間だけですが、患者は病気とともに生活しています。
e-PROは、患者の声を集めるだけでなく、正確な症状把握と迅速で適切な治療ができる可能性を持っています。
「ITに詳しくない……」という患者でも、誰でもLINEが使える時代です。村林様からは実際にLINEを使った通院や服薬管理などの案も示されました。
CRCからの課題提起
総合討論に移り、CRC業務にあたっているノイエス株式会社 大久保 裕司様がパネリストとして、CRC業務のさまざまな困難について語られました。
研究前後に多くの調整事項があり、スケジュール管理やアンケート管理、被験者である患者に向けたインフォームドコンセント補助などに加え、ひとつひとつの患者データを正確に記録として残すため、医師への確認・修正も必要です。
限られた予算で多岐に渡る業務を行うため、患者登録や観察研究の質を維持して効率よく業務を行う工夫が必要という実態が示されました。
大久保様は「この中で、どのような工夫をして、正確性・安全性・透明性という質を担保できるのかが、一番の課題」と話されました。
治療薬は、多くの人に支えられている
最後に筋強直性ジストロフィー患者会として、わたくし、妹尾みどりがお話しさせていただきました。
大久保様のお話しを聞いて、胸がいっぱいになり、話そうと思っていたことを忘れて「大久保さん、CRCのみなさん、いつもありがとうございます!」と言っていました。
CRCのみなさまがこんなに苦労をされている。
シンポジウムでお話しされたみなさまが、あらゆる局面で多くの努力をされている。
わたしたち患者と家族のほとんどが、こうした事実を知らないままです。
患者を安全に治療するために多くのみなさまがいることを、忘れてはならないと思います。
今回のシンポジウムでは、総じて患者登録データの利用目的や正確性、信頼性が大事ということが示されました。
多くの専門家が知恵を絞る中、患者でなければできないことがあります。
自身のデータの正確性を持たせるために、患者登録の更新を継続し、研究に積極的に参加していくことが重要です。
筋強直性ジストロフィーでも「自然歴研究とバイオマーカー探索」といった観察研究が始まっています。
https://dm-family.net/info/2021060701/
最後に、今回の機会を与えてくださった東京大学大学院 今村恭子先生、筒泉直樹先生と、細やかにアドバイスをくださった座長の藤岡慶壮様に深く感謝を申し上げます。