大阪市民公開講座part2レポート(1):治療薬の治験には患者登録と「自然歴」が必要

2016年5月22日(日)、市民公開講座「知っておきたい筋強直性ジストロフィー@大阪part2」が開催され、米国ヒューストンメソジスト研究所で治療薬開発と臨床医として活躍する芦澤哲夫先生から貴重な講演がありました。芦澤先生は1992年に筋強直性ジストロフィーの原因遺伝子を発見され、米国での患者会「Myotonic Dystrophy Foundation(筋強直性ジストロフィー財団)」にも協力されるなど、多くの実績とご経験をお持ちです。

全身麻酔には注意が必要

 芦澤先生の講演では、病気の仕組みと注意すべき点について、わかりやすい説明がありました。なかでも、先生が強調された点は「麻酔について」です。

 「この病気は、麻酔で呼吸中枢に影響が出てしまうことが多い。全身麻酔や点滴による鎮痛剤を使う場合は、事前に筋強直性ジストロフィーに罹患していることを医師に伝えてください」。例えば胆石や腸捻転の際は、一般的には手術を行いますが、この病気の場合はできるだけ避けるようにするべきとのお話しでした。

 血縁者に患者がいる場合も、注意が必要です。症状がなくても血縁者に筋強直性ジストロフィーの患者いることを伝えるべきとのことです。

患者がワンストップで診療を受けられる「包括的外来診断」

 筋強直性ジストロフィーは、さまざまな臓器の障害があるため、患者は複数の診療科を受診する必要に迫られます。そこでヒューストンメソジスト研究所では、一人の患者に複数の医師がチームとなって診断する「包括的外来診断」を行っています。

 神経内科、呼吸器、心臓、リハビリテーションなどの専門医や、ケースワーカー、臨床心理学などの専門家10名ほどが一同にそろい、一人の患者さんを囲み、相談して診察をしていきます。

 患者が苦労してさまざまな病院に通わなくてよく、専門チームでの相談で総合的な診断が早くできるというメリットがありますが、費用もかかります。ヒューストンメソジスト研究所では、この費用を寄付によってまかなっているそうです。

安全性が高い、アイオニス社で開発中の治療薬

 現在開発中で、米国で第1相・2相aの治験*が行われているアイオニス・ファーマシューティカルズ社のIONIS DMPK 2.5Rxについて、芦澤先生は「今のところ、患者さんに投与して副作用は出ていない。今は、少しずつ薬の投与量を増やしているところ」との話です。

 患者は6週間の皮下注射を受け、筋電図と筋生検(下腿(かたい)から筋肉の一部を取る)によって効果を確認しています。治験ではプラセボ(偽薬)を投与される患者と本物の薬を投与される患者がいますが「どの患者がプラセボなのかは医師もわからない」そうで、実際の薬の効果を知ることはまだできません。ただ「全員元気であるから、安全な薬だ」とのことです。

*治験:医薬品としての承認を得るために臨床試験によって薬物の効果を確認すること。第1相から3相までの試験段階がある。

日本が治療薬治験に参加できるかどうかは不透明。患者登録と「自然歴」が必要

 しかし、芦澤先生は「日本がIONIS DMPK 2.5Rxの第3相治験に参加できるかどうかは、わからない」と話されました。

 「日本は、まだ治験を受け入れる体制が整っていません。患者登録数を増やすだけでなく、ひとりひとりの患者さんがどのような経過をたどり、治療薬を受ける前にどんな状態だったのかというデータ、すなわち『自然歴』がなければ、治療薬の効果を測ることはできません」。

 「アメリカでは、(患者さんの協力で)2年かけて自然歴を蓄積しました。日本でもこういったことをしないと。体格の違う欧米人のデータをそのまま使えるわけではなく、日本人ならではのデータが必要なのです」。

 患者登録に加え、自然歴の蓄積が治験実施のカギとなることがわかりました。自然歴は、年齢や重症度に関係なく収集する必要があり、治療薬や病気の未解明な点、対症療法の研究にも求められます。

 例えば高齢の患者で得られた自然歴は、子どもや孫たちに役立つだけでなく、ほかの患者が高齢になったときの症状を研究する際にも重要です。

 また、先天性の子どもをお持ちの方は、早くから子どもの患者登録を行い、自然歴を確実に取っていくことが将来の治療に欠かせません。

患者と家族は、研究者・製薬企業・行政とのつながりを持てる体制を作るべき

 芦澤先生は、「日本ではCure(治療)を進める動きが少ない」と指摘されています。「Cureを進めるためには、基礎研究や新しい医療を開発して日常に使えるようにする研究など、多くの費用を必要とします。研究には、行政や製薬企業、患者会からのサポートが欠かせません」。

 講演の最後に、芦澤先生は患者と家族に、こんな言葉をかけています。

 「患者さんとご家族は、自分たちを組織として機能させ、研究者や行政、製薬企業と密接な関係を持って協力していくような体制を作るべきです」。

 わたしたち日本の患者と家族に、進むべき道を示す講演でした。

ちょっとしたことの積み重ねが大きな違いを生む

 国立病院機構 刀根山病院の松村剛先生からは「定期受診・検査の重要性」として、とくに重要な点が説明されました。

 この病気は、定期受診を受けることによって早期発見・早期治療による対応が可能で、突然死などのリスクを低減できます。

 今回、強調された点は呼吸障害で、体内の酸素不足を感じる力が低下するため睡眠時に呼吸が弱くなり、突然死の原因になりやすいということでした。

 またインスリンの効き目が弱くなり、お腹に脂肪が付くと横隔膜が押し上げられ、無気肺になり呼吸障害につながることもあります。

 さらに、「指定難病」制度について、世帯全体の医療費の助けになるだけでなく、行政支援の円滑化にもメリットがあると説明がありました。

 例えば震災などの災害時に、行政が患者の存在を把握できたり、保健師との相談ができたりなど、さまざまな利点があります。

人の役に立ち、自分の健康管理、自然歴の蓄積にもなる「患者登録」

 大阪大学大学院の高橋正紀先生から「患者登録って何?」というテーマで、患者登録の必要性が説明されました。神経・筋疾患患者登録システム「Remudy」は、国際的に標準化されたデータを蓄積しており、治験だけでなく遺伝学的研究にも寄与しています。

 また、現在集まっているデータから「心電図異常とペースメーカーの使用」など、日本の患者の特徴を知ることもできるようになりました。

 患者登録をすれば、治験を受ける・受けないにかかわらず、治療薬獲得や病気の研究に寄与することになります。また、患者自身の健康管理も行き届きます。

 近々、データ登録の更新があり、登録した患者のデータを再度取ることになります。これが芦澤先生の講演にあった「自然歴」です。一度の登録だけでは「歴」とはなりません。患者としてデータ更新に協力していきましょう。

次回「大阪市民公開講座part2レポート(2):芦澤先生への問いと答え」に続きます。