東京市民公開講座レポート:そして次につなげよう

2017年1月14日(土)、市民公開講座「知っておきたい筋強直性ジストロフィー@東京」が国立病院機構本部 大ホールにて開催されました。

 

この市民公開講座を主催する本研究班は、松村剛先生(国立病院機構 刀根山病院)が中心となり、全国の多くの専門医と共に2014年度から活動してこられました。大きな目的はずばり「筋強直性ジストロフィーの治療」です。もう少し正確に言いますと、新薬による治療をしっかりと行うための環境づくりです。

 これまでお伝えしているように、世界中で治療薬が開発中です。本研究班では、国際協同でこの薬を正しく評価する(きちんと効くかを確認する)ために必要な活動がなされてきました。

最も大きな活動の1つは「患者登録の推進」です。薬の評価(治験)を正しく、効果的・効率的に行うには多くの患者情報が必要です。また、合併症が多く、適切な医療がなされていないことが多い本疾患について、ホームページや市民公開講座、Remudy通信などで正しい知識の啓発・広報を行ってこられたことや、関連研究についても報告されました。また、当患者会が発足し、連携してきたことも報告いただきました。

今後の動きとしては、本疾患の診療ガイドライン(患者と医療者を支援する目的で作成し、臨床現場における意思決定の際に、判断材料の一つとして利用)を作成される、とのことです。

 本研究班はこの3月で終了します。それにあたり次のメッセージがありました。

  • 今できる医療をきちんと受けてください。
  • 患者登録、臨床研究は「明日への一歩」です。(これは患者にしか出来ません!)
  • 日常の診療のなかで、互いにコミュニケーションをとり、協力し合うことが大切です。

患者登録のメリット、正しく理解できていますか?

 高橋正紀先生(大阪大学)は「患者登録の必要性と登録データから見えてきたもの」と題し、Remudy(神経・筋疾患の患者登録制度:http://www.remudy.jp/)に関することが報告されました。

 本疾患について、579名の登録がなされています(2017.1月末現在)。しかし、登録者の割合について地域性があること、絶対数が十分でないことなどの問題があります。

 患者登録には多くのメリットがあります。最新医療情報が得られこと、治療を目指す世界の仲間と繋がること、臨床試験と繋がること、定期的な受診により、合併症に対応できること(主治医が専門医でない場合、自分の病気をわかってもらうことができる)などがあげられます。

 治療薬の道のりは困難も多く、短くありません。患者自身の存在と「治りたい」という意志を示し、関心を持ってもらう1つの方法としても患者登録は大切です。

 患者登録の情報からわかったことの一部が、以下のとおり報告されました。
心臓につい: 特別に管理する必要がある方が3割おられる。また、海外と比較してペースメーカーを使用する方は少ない。
呼吸につい: 人工呼吸器を使っている患者の多くは、日中の一部に使用。
耐糖機能について:1/4の方が耐糖機能に異常あり(糖尿病とその予備群)。4割が飲み薬のみの治療。

本疾患患者には必須!?「見えないもの」をどう測る?

 井村修先生(大阪大学)は「主観的臨床評価指標の整備」と題し、患者のQOL(生活の質)をどう測るか、という研究の報告がありました。

 例えば、モノの重さは秤を使って測れますが、知能や幸福感は簡単には測れませんよね?でも、医療や新しい薬は最終的に患者の幸福をもたらすことが必要で、その評価は重要です。このように見えないものをどうやって測るかを研究されています。筋ジス患者のQOLを測るには専用の尺度が必要になります。

 今回は神経・筋疾患を対象としたINQoL、および、筋強直性ジストロフィーに特化したMDHI(阪大の高橋先生を中心として、日本語に翻訳)という2つの尺度の紹介がなされました。

 QOLを測定することによって、次の事柄に役立てることができます。

  1. 目標や支援方針を立てる。
  2. 治療薬候補の効果を評価する。
  3. ケアがうまくいっているかを評価する。
  4. 困っていることなどを自覚できる。
  5. 自分の症状がどう変化しているかを評価する。

 本疾患患者は意志をうまく伝えられない方も多く、困っていても周囲から理解してもらえないこともあります。定期的にQOLを測定し、心身の状態を自覚することで、より良い療養生活を送ることができます。

「呼吸の苦しさの自覚が少ない」必ず定期検診を!

 久留聡先生(国立病院機構 鈴鹿病院)は「呼吸を良好に保つには」と題し、本疾患特有の注意点を挙げられました。

 本疾患の症状は年単位でゆっくり進行するので、対策を準備することができます。呼吸ケアの目的は適宜、合併症の予防と管理を行うことです。その時の状態を把握しながら、主治医と共に治療(咳の補助や呼吸器など)を進めることが大切です。

これまでの公開講座でも説明あったように、呼吸状態が悪化しても、呼吸困難感を感じにくい、という点に注意です。呼吸機能の問題は、体全体に悪影響を与えます。症状として不整脈や過度な眠気などが見られるようになったり、突然死に繋がったりすることもあります。

 また、本疾患患者は嚥下(食事の際の飲み込み)機能が障害され、誤嚥による肺炎を繰り返して状況が悪くなる場合があります。食事の際の飲み込みに注意しましょう。

定期検診は大切。異常時の検診はもっと大切

 伊藤英樹先生(滋賀医科大学)からの「不整脈死、突然死予防のために」と題し、本疾患患者における突然死について説明がありました。

 本疾患患者は心房細動と心臓伝導障害の割合が高いのですが、突然死された方(死因の約3割)は、その多くが原因不明でした。 また様々なデータを過去に遡って解析した結果から、突然死された方に心電図変化が特に目立つわけではない、ということが示唆されました。

 ただ、不整脈が見られる方は心電図の定期的観察は大切であり、心房細動と心臓伝導障害が見られた場合は特に注意深い経過観察は必要です。

 先生方の患者さんにおいても、症状が比較的良好な方でも突然死されるケースがあるそうです。逆に言うと、症状の自覚がなく、元気に見える患者にもいろんなリスクが潜んでいるということを再認識しなくてはいけません。なお、本研究は解析途中であり、数年後に最終結果が報告される予定です。

糖代謝と脂質代謝に異常あり。でも、これらは対応できます

 高田博仁先生(国立病院機構 青森病院)は「糖代謝障害(糖尿病)の特徴」として、糖代謝と脂質代謝・肝機能に特有の異常が現れることが紹介されました。

 高血糖が続くと体が少しずつ傷つき、糖尿病となって、目や腎臓、神経などに影響が出てきます。これまでの公開講座でも説明があったように、本疾患患者において糖尿病を合併する割合はそれほど高くないものの、多くの患者で昼から夜にかけて血糖が高くなる傾向があり、空腹時血糖がそれ程高くなくても注意深く管理する必要性があります。

 また、先生の日常診療時において、本疾患患者は間食に注意せず、食事量や体重に無頓着な方が多いと感じられています。あわせて、低血糖に気づかない方も多いようです。低血糖は症状として、異常な空腹感・はきけ・嘔吐・疲労感・冷や汗・動悸・手足の震え・などがあります。これらの自覚がある方は主治医に伝えるようにしてください。

 近年、脂質代謝異常や肝機能障害も報告されています。糖代謝とともに、脂質代謝異常やメタボは対処できる合併症です。今できることを行うことが大切です。

 どのような治療法を選択しても治療を維持することが重要であり、糖尿病については専門医での治療を受けている場合でも、本疾患の専門医と相談することが薦められました。

特有の認知障害を意識したサポートを

 諏訪園秀吾先生(国立病院機構 沖縄病院)は「認知機能の実態と対処法の工夫・現時点でいえること・できること」と題して、本疾患における中枢神経障害研究の一端が紹介されました。本疾患の患者では、中枢神経が障害されて、認知機能障害を呈することがあり、一見、性格の問題と受け取られかねないことがあります。

 患者の調査・解析を行った結果、認知機能障害の特徴としては以下のことが挙げられます。

  • 「間違っている」と指摘されても間違い続けてしまう。

  • 約4割が軽いうつ傾向、2割弱が強い眠気、疲労感はそれほど強くない、自閉傾向も少ない。

 患者は認知機能の調査結果を知ることで、日頃の自分を振り返り、苦手なことを改善して得意なことを伸ばしたいという、今後の意欲に繋がります。

 また、認知機能の問題を正確に判断することで、家族、介護スタッフがQOL向上に向けた効果的な対処法を計画できます。

 患者のサポートを計画する際、アルツハイマー型とは異なる認知特徴(指摘されても間違い続ける。注意機能障害)を意識すると良いです。ただし、どんな症例にも合う正解は無く、経過とともに継続的に検討していく必要があります。

妊娠・出産にあたり、問題はたくさん。でも、しっかり対策できることは多い

 石垣景子先生(東京女子医科大学)は「妊娠・周産期における問題点」と題して説明があり、先天性児の全国調査の結果も合わせて紹介されました。

生まれる赤ちゃんのリスク
これまでの公開講座で説明のあったように、本疾患の遺伝については以下のような特徴があります。

  1. 子供への遺伝は50%。
  2. 親が軽症でも、子供が重度な先天型になりうる。
  3. CTGリピートが1,000回以上の場合、重度な先天型の可能性が高い。

 先天性筋強直性ジストロフィーは、症状が成人型と全く異なり、全身性筋緊張低下、呼吸や哺乳障害が見られます(ミオトニアはなし)。新生児期を乗り越えると、多くの場合で一人歩きが可能となります。知的障害はどの子どもにも起きます。また、95%以上の確率で母親も患者です。

妊娠・出産前後の母体リスク
 先天性児を妊娠した時の合併症には、妊娠中毒症の増加、羊水過多、尿路感染症の増加、胎盤位置異常、早産、帝王切開などがあります。出産時においては、遷延分娩、微弱陣痛、分娩後出血があります。中でも分娩後出血はもっとも危険な合併症です。

 また、産後においては、筋力低下や筋強直の増悪、うつ状態などがあります。その他で注意すべきことは、不整脈や糖尿病の定期的管理、子宮収縮抑制薬や麻酔薬、筋弛緩薬の選定があげられます。

先天性児の全国調査
 本疾患では、母が自身の病気を知らないまま妊娠し、合併症への対応が後手に回ることによりリスクが高くなることがあります。そこで、合併症や自覚症状、周産期の診断過程や遺伝カウンセリングの有無を調査し、母体へのリスク軽減に繋げることを目的とした調査が全国規模で行われました。

 母の診断時期は、半数近くが出産後で、未診断の方も多く見受けられました。また、母体の合併症については、羊水過多、高CK血症、筋力低下、筋強直の顕在化、切迫早産が多く、赤ちゃんの合併症としては、呼吸障害と哺乳障害、逆V字型上口唇が多くみられました(胎児エコーで内反尖足や水腫の例あり)。また、遺伝カウンセリングはほとんど行われていないことがわかりました。

 以上から、本疾患を産科医師に広く周知し、母体のリスク管理を促すことが大切です。早期診断が分娩リスクを下げ、先天性児の予後改善にも繋がります。また、遺伝カウンセリングによる心理面のフォローと正しい知識の啓発、計画的な妊娠出産が望まれること、特有の合併症を理解し、各科の連携がとれた医療機関での出産が望まれます。

世界初の知見。腎臓にも影響あり

 松村剛先生(国立病院機構 刀根山病院)は「腎臓にも気をつけよう」で、神経筋疾患で見過れやすい腎機能障害の紹介がありました。

 腎機能の代表的な指標にクレアチニンがありますが、これは全身の筋肉量に影響されるため、神経筋疾患では腎機能障害が見過ごされやすい問題があります。筋肉量の影響を受けないシスタチンCで、腎機能を評価したところ、本疾患では他の神経筋疾患に比べて腎機能障害が多いことがわかりました。一般と同じく、腎機能障害の程度は年齢とともに増加しますが、CTGのリピート数とも関連が見られたことから疾患との関連性が疑われています。しかし、まだ、そのメカニズムは不明で、重篤な腎不全が多いわけではないので、糖尿病や高脂血症の管理とともに腎機能もシスタチンCなどを用いた定期的な検診を受けること、手術や投薬・造影剤検査を受ける時に本疾患に罹患していることを伝えることが大切です。

<Q&Aコーナー>

 会場の出席者やWEBで視聴されている方からの質問に対して、回答をいただきました。一部を紹介いたします。

Q:CTGの検査はどうやったらできますか?どこの病院でできますか?
A:採血による遺伝子診断でわかります(発症者は保険適応)。病院は特に選びませんが検査前に十分な説明(遺伝カウンセリング)を受けることが大切です。

Q:先天型の発達スピードは?何歳くらいで歩けるようになりますか?
A:発達スピードは遅く、首の座りは遅れるが、長い時間をかけて成長を続けるので焦らないことが大切。2歳前に歩ける方が多い。内反尖足が強い場合は、整形外科医や小児科医、理学療法士との連携が必要。

Q:子供に遺伝させたくない場合、どのようにすればよいか?
A: 遺伝子診断のあとに出生前診断の話を行う。実施するかは医療者での判断が分かれるところ。まずは正確な知識を知ることが大切。また実施出来る施設の情報を得ることも大切。臨床遺伝医に相談するとよい。着床前診断の方法はあるが、個別の倫理審査等、かなり手間がかかる。

Q:最近、光を眩しく感じます。病気と関係ありますか?
A:本疾患は白内障を伴うことが多い(若いと20代から)ので、一般の眼科で結構なので定期的に受診してください。

Q:調子が悪くなったときに、どこの病院に行ったらよろしいですか?
A:国立病院機構の筋ジス病棟がある病院と筋ジストロフィー臨床試験ネットワークに参加している病院のリストが筋強直性ジストロフィー患者会のホームページに記載されていますのでご参考にしてください(http://www.dm-family.net/hospitals)。ただ、この全ての病院がみなさんの病状に合致するわけではないので、事前に電話で「筋強直性ジストロフィーを診ていただけますか?」とお尋ねください。

Q:新薬や治験の情報を欲しい。
A:患者登録した方に郵送される「Remudy通信」が最も確実な情報が得られます。そういう意味でも患者登録は是非お願いしたいところです(http://www.remudy.jp/)。

筋強直性ジストロフィー患者会の有志で情報発信している「筋強直性ジストロフィー情報集(DM-info)」では、信憑性の高いリンクが貼られています。

Q:筋力を維持するためにどのような運動を行ったら良いですか?また、有効なサプリなどはありますか?
A:じっとしているのは良くない。適度な運動はやるべきです。ただ、やり過ぎは良くなく、筋肉痛が出たり過度な負担をかけたりする運動は避けるべき。サプリメントについては有効なものはありません。3食バランス良く摂ることが大切です。

3年間ありがとうございました

 最後に松村剛先生(刀根山病院)からご挨拶がありました。
本研究班は今年度で終了されます。この間にご協力・ご参加いただいた多くの患者さんに対して感謝されていました。
ただ、臨床研究や治験は引き続き行われますので、ご協力をお願いしたい、とのことでした。(参考ホームページ:http://dmctg.jp/)。

<最後に>

 私が患者として初めて参加させていただいた市民公開講座は2015年に大阪で開催されたものです。病気が遺伝していることに悩み、新たな情報がなく、半ば失望して生活していた私は、世の中に「専門医」がおられることを知り、その専門医が集合される市民公開講座が開催されたことに、とても興奮したのを覚えています。

 本疾患の医療が今まさに変革期にあることを肌に感じることができたのです。そこで知り得た情報が明日への活力となり、未来の光となっています。

 このような機会を提供いただいた先生方には本当に感謝しています。大変ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いいたします。

 正しい情報はとても大切です。これまでにいただいた情報を基に、我々患者と医師が手を取り合って、次の研究・治療法の開発につなげていきたいと思っています。そのためにも、「私には関係ない」ではなく、一人でも多くの方が患者登録することが重要であることを患者会として訴え続けたいと思っています。

文責:土田裕也(筋強直性ジストロフィー患者会事務局担当)

当日ご出席されていた研究班の先生方

参加者やインターネット配信動画を見ている方からの質問にわかりやすく回答されていました