セミナー「筋強直性ジストロフィー 体とこころのケア in 名古屋」(2):患者登録も、認知行動療法も効果がある

2018年7月16日(祝)に開催した「筋強直性ジストロフィー 体とこころのケア in 名古屋」午後の講義、「薬の開発はどこまで?患者登録はなぜ」と「筋強直性ジストロフィーにも効果あり?認知行動療法とは」のレポートをお届けします。

薬の開発はどこまで?患者登録はなぜ

筋ジストロフィーで承認された治療薬はある

午後の最初の講義は大阪大学大学院 医学系研究科 高橋 正紀先生から「薬の開発はどこまで?患者登録はなぜ」です。
現在、筋強直性ジストロフィーに対する治療薬で承認されているものはありません。しかし、デュシェンヌ型筋ジストロフィーではすでに海外で承認が得られている治療薬があり、海外でも国内でも次々と治験が進んでいます。

治療薬ができる過程を知っておこう

治療薬は、効果がありそうだからといってすぐに使えるようにはなりません。基礎研究、非臨床試験という動物を使った安全性と有効性を確認した上で、はじめて人に対して安全性と有効性を確認する「治験」が行われます。治験には下記の段階があります。

  • 第1相:健康な人で安全性を確認する
  • 第2相:ごく少数の患者で安全性と有効性を確認する
  • 第3相:多くの患者で安全性と有効性を確認する

第3相で安全性と有効性が確認できれば承認され、ようやく薬として使えるようになります。

実際に薬になるのは、約3万種類の化合物に対してひとつの割合です。基礎研究から承認までは一般に10年から17年くらいかかるとされています。

世界中の製薬企業が注目し、治験も進む筋強直性ジストロフィー

筋強直性ジストロフィーに対して、モデル動物では多くの化合物の効果が示されています。
「海外、国内とも多くの企業が、筋強直性ジストロフィーの治療薬開発に関心を持っています」と高橋先生はお話しされていました。

実際に海外では米国IONIS Pharmaceuticals社の「IONIS DMPK2.5Rx」、英国AMO Pharma社「Tideglusib(タイドグルーシブ)」の治験が実施されました。

「IONIS DMPK2.5Rx」は核酸医薬で、治験第2相でバイオマーカーやスプライスにわずかな改善が見られたものの、効果が期待できる十分な薬量が骨格筋に到達せず、新しい核酸医薬での検討をしています。

「Tideglusib」はアルツハイマー型認知症の薬剤として開発されてきましたが、現在は先天性筋強直性ジストロフィーの認知機能改善に向けて開発が進んでいます。治験第2相(コンセプトスタディー)の結果が2018年に発表されました。先天性筋強直性ジストロフィーの13歳~34歳の被験者に対して行われた治験で、大きな副作用はなく、投薬量の多い患者で認知機能改善に効果が得られたとしています。
認知機能改善評価を行うためには言語が同じ方が評価しやすいため、今後は同じ英語圏である米国・カナダでの治験を継続するとのことです。

患者登録をすることが、世界中で進む研究の推進力になる

高橋先生は、筋強直性ジストロフィーの治療薬研究を行う際に、患者の数が少ない「希少疾患」だからこその困難についてお話しされました。

  • 実際に、何人くらいの患者がいるのか?
  • 患者はどんな状態でいるのか?
  • どんな症状で困っているのか?
  • その症状は、一定の期間でどのくらい変化するのか?
  • どういった研究計画を立てたらいいのか?
  • もし研究をする場合に、どうやって患者を募集するのか?
  • 治験(臨床試験)ができるだけの患者はいるのか?

こうした困難を乗り越えるには、患者登録でデータが蓄積されていることがとても大事です。

わたしたち患者と家族は、患者登録によって患者と製薬企業・研究者の両方にどんなメリットがあるのかを理解している必要があります。

製薬企業や研究者にとっては、患者のコミュニティーにつながることで、研究にかかった費用を回収できる市場規模があるかどうかの把握はもちろん、臨床試験の計画が立てやすくなり、患者の研究参加への募集にもつながります。
一方、患者にとっては製薬企業や研究者とつながることで、最新の研究情報が得られ、世界の同じ病気の患者団体とつながることもでき、臨床試験から取り残されないようになれます。

患者登録システム「Remudy」に登録したデータは、匿名化の上でTREAT-NMDという国際登録を行う機関に集約され、全世界の研究者や製薬企業に開示されます。
つまり、もともとの課題である「どこに、何人、どのくらいの症状の患者がいるのか」を日本として示せることになります。

実は治験だけではない!みんなのためになる患者登録の効果

患者登録は、患者の状態を把握することが目的のため、年に1度の更新が必要です。
そのため患者自身が定期的な受診を行うことにつながり、自身の健康管理ができます。
また、登録の際に国際的に決められた項目を埋めてもらうため、専門外の担当医の方であっても病気を知ってもらえることになります。

患者登録のデータが集まると日本の患者がどんな経過をたどるのかが明確になるため、「ほかの患者さんの役にも立ちます」と高橋先生。
実際に、日本の患者では心電図異常があってもペースメーカーや除細動器などのデバイスを使用している人が海外に比べて少ないことや、合併症で起きた糖尿病に対する試験、これまでどんな医療を受けてきたかを確認する「ケアに対するアンケート調査」を登録した患者に行っています。

患者登録をすることは、自分だけでなく患者同士が支え合い、研究を進めるなどさまざまな効果があります。

日本でも進行中。筋強直性ジストロフィーの認知行動療法

認知行動療法の原理「人間はすべてのことを学習する」

大阪大学大学院 人間科学研究科 井村 修先生から「筋強直性ジストロフィーにも効果あり?認知行動療法とは」について講演をいただきました。

「梅干しを思い浮かべると、つばが出ますね。これは、わたしたちが『梅干しは酸っぱい』ということを学習しているからです。梅干しを知らない海外の人では起きません。」
こうしたことを「条件付け学習」といいます。

条件付け学習は、人の行動を動機付けることができます。
たとえば、ある行動をした結果、「報酬」が与えられると、人は行動が高まります。報酬は食べ物に限らず、社会的にほめられること、達成感、その人にとって望ましい結果が与えられることなどです。こうした自発的行動の学習を「オペラント条件付け」といい、人間の行動の多くはオペラント条件付けで説明できます。

筋強直性ジストロフィー患者は健康管理に関心がない?

筋強直性ジストロフィー患者には独特の特徴があると言われています。体内の酸素濃度が低くても苦痛を訴えない。健康管理への行動に関心が低い。心理テストをすると抑うつ度が高い傾向が見られます。
疲労感が非常に高く、昼間の眠気や夜間の睡眠障害があるなど、多くの患者が社会参加できていない状況です。

欧州共同で、筋強直性ジストロフィー患者に認知行動療法を臨床試験

こうした筋強直性ジストロフィー患者に向けて、欧州ではイギリス、フランス、ドイツ、オランダによる「OPTIMISTIC(http://optimistic-dm.eu/)」というコンソーシアムで認知行動療法の臨床試験を行い、2018年6月18日に世界的な科学誌LANCETに結果が公表されました。

臨床試験は18歳以上で歩行可能、疲労度の高い患者255名が参加、認知行動療法を受ける群128名と、同数の受けない群との比較を行いました。また認知行動療法を受ける患者のうち、33名には理学療法士による運動プランを加え、認知行動療法と運動を並行した場合の結果も確認しました。

結果は、認知行動療法を受けた群では「疲労感と昼間の眠気」が大きく改善しました。さらに活動性、運動能力改善にもつながることがわかりました。
ただし、運動機能が低下している患者が対象となっていないこと、抑うつや無気力の改善が見られなかったこと、QoL(生活の質)改善にまで至らなかったことが課題として残りました。

日本でも進みつつある、筋強直性ジストロフィーと認知行動療法の検討

日本国内でも、日本医療研究開発機構「エビデンス創出を目指した筋強直性ジストロフィー臨床研究班」において、認知行動療法を使った「ヘルスケア行動・認知機能改善に関する検討」という研究が2017年から進んでいます。井村先生は、この研究に携わっています。

研究の目的は、疲れやすい、昼間の眠気が強いなどの特徴に加え、糖尿病になるリスクも高い患者に「望ましいヘルスケア行動のプログラムを開発し、患者の健康増進に役立てること」です。

筋力が低下すると、活動が低下し、体重が増加するという身体レベルの低下が起きます。活動が低下することに伴い、心理面では疲労感が増し、抑うつや社会参加が低下するという、体と心理の悪循環が起きがちです。

認知行動療法的アプローチを加えてヘルスケア行動を促せないか?

そこで、研究では患者の体に生体情報端末を付けてヘルスケア行動をしているかどうかをモニターします。端末でどのくらい活動をしているか、どのくらい睡眠を取れているかがわかるので、ヘルスケア行動が増えていけば筋力の維持や体重減少につながり、適切な睡眠や疲労感改善になるのではないか、と研究班では考えています。

すでに数例でのパイロットスタディーを行っており、これから研究に参加する患者を募集中です。研究期間は6か月で、腕時計型の生体情報端末を24時間身につけ、体重管理などをします。週1回、電話などで経過確認があり、2か月ごとの通院で血液検査を行います。

2018年12月まで、下記の条件に該当する筋強直性ジストロフィー患者を募集しています。研究にご参加いただける方は井村先生が直接セッティングにお伺いしてくださる場合があります。
詳しくは大阪大学大学院 人間科学研究科 井村 修先生に直接お問い合わせください。
osamui[at]hus.osaka-u.ac.jp *[at]を@に置き換えてください。

:研究に参加していただける患者の主な条件】

  1. 筋強直性ジストロフィー1型の患者(遺伝子検査で確認済みであること)
  2. 18歳以上、70歳未満
  3. 高血糖などの成人病リスクがある
  4. 生活習慣を改善したいと考えている
  5. 国立病院機構・大阪大学病院で専門医の受診をしている

×:研究に参加していただけない患者の主な条件】

  1. アンケートなどへの回答が困難な方
  2. 生体情報端末の継続的装着が難しい方
  3. 金属などのアレルギーがある方
  4. スマートフォンのアプリが利用できない方
    (ご自分のスマートフォンをお持ちでないと参加できません)
  5. ひとりでの立位が難しく、体重測定が困難な方

(3)に続く

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